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2006-12-23 Sat 21:44
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2006-12-11 Mon 22:29
![]() ギリシャの一部のところでは、イエス・キリストに最も関係をしているハーブ、ローズマリーの小枝を丸く輪にして赤い糸で結びカードに貼り付けクリスマスのカードとして贈ります。 古代ギリシャでローズマリーは、聖なるハーブとし脳と記憶を強化するのに最も効能なハーブだとされていました。 ローズマリーは、聖母マリアが幼いイエスを連れてエジプトへ逃れる最中、緑の葉と白い花で生い茂るローズマリーの中に身を隠し、その上にマントを広げました。 すると白い花が青に変わり隠れている姿は、見えなくなり追っ手からの難を逃れたといわれています。 それ以後ローズマリーは、イエス・キリストの背丈よりも成長をすることなく,イエス・キリストが十字架に磔にされた33歳(33年)の月日がたつと枯れてしまうと言われています。 また、聖母マリアがイエスの産着を洗いローズマリーの上に乾かすために広げたところローズマリーは、なんとも言いようがない神秘な香りを漂わすようになったといわれています。 このような出来事から人々は、ローズマリーを聖なる植物とし宗教儀式には、必ず必要とし、結婚式では、ローズマリーの枝で新郎新婦を祝福したり、葬儀では、記憶のハーブとされていたローズマリーを”故人のことを忘れられないだろう”という印に墓に投げたそうです。 又イエスに最も関わり深い植物とされてきたため、クリスマスにローズマリーでリースやカードなどを作り祝福をしたといわれています。 クリスマスカードの歴史 クリスマスのグリーティングカードの発信は、ビクトリア時代に始まりました。 木彫師は、1843年にロンドン(イギリス)でヨーロッパの中世、最初の商業クリスマスで宗教がテーマである印刷をしたのが最初とされています。 それは、イギリスの版画家ジョン・カルコットホースリーが彼の友人にヘンリー・コール卿のために作られたもので手で着色されロンドンで1000枚販売されました。 ![]() クリックすると大きくなります。 カードの中心は、幸せな家族のクリスマスパーティーの様子。 その下に”あなたへ、メリークリスマスと新年おめでとう”と書かれてあります。 しかし一方、向かって左側は、空腹の人たちに食事を提供している場面、向かって右側は、貧しくて切る者がない子供にコートをかける場面になっています。 この時代の世相を物語っているのかクリスマスは、みんなが幸せになり願うものとして描かれたのかは、わかっていません。 価格は、1s.で このカードの原本は非常にまれで、今日あるのは、1955年に再発行された影印版のコピーだということです。 アメリカでは、19世紀の中ごろニューヨークの雑貨店の店主が”空想のお寺のエンドウ豆の豊富なバラエティストアから”としたクリスマスグリーティングカードを作り配られました。 これがアメリカで初めてのクリスマスカードとされています。 人気blogランキングへ 1クリックご協力おねがいします ⇒ ![]() |
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2006-12-10 Sun 21:31
![]() 伝統的なクリスマスハーブ ハーブは、クリスマスの伝統に深いかかわりがありハーブのいくつかは、 聖書の中のクリスマスストーリーに記述されています。 クリスマスストーリーの3人の賢者(マギ)が金、乳香、没薬(ミルラ)を持って イエスの降誕を祝いにやってきました。 そしてそれらの贈り物は、幼いイエスに与えられました。 *マギ・・・賢者、博士、魔法使い、魔術師、占星術師などの意。 キリスト教においては東方の三賢者(博士)でベツレヘムの星の導くところに従ってイエスの降誕を祝いにやってきた人物たちのこと。 ![]() 乳香とミルラについては、ここhttp://atlantida.blog9.fc2.com/blog-entry-150.html このときミルラなどと共に”休日と関係している”意味を持つ他のハーブも与えられました。 セージは、不死と幸福、 ラベンダーは、純粋さと美徳の象徴、 ホアハウンド(ニガハッカ)は、健康、 ルー (ウンコウソウ(芸香草))は、悪を追放し優美さの象徴 タイムは、勇気の象徴、 コストマリーは、永遠の寿命 日本にあまり知られていないハーブ ホアハウンド:エジプトの僧侶達は、ホアハウンドの効能に対して「雄牛の血」「星の目」等と呼びぶなどして敬意を表し、 ギリシャの医者達も様々な病を治すハーブとしてホアハウンドを大事に扱っていたそうです。 主に古代より咳止めとして大切にされてきました。 ルー:魔除や興奮剤に利用されてもいました。 属名のRutaはギリシャ語のreuroに由来し、多くの病気や苦痛を和らげる作用がある事から「自由にする、くつろがせる」という意味があります。 コストマリー:教会での説教が長いとき、コストマリーを栞(しおり)のように聖書の間に挟み、その香りで空腹感や眠気を紛らわせていたそうで別名”バイブルリーフ”といわれています。 古代から婦人病に安産に使用されていました。 この出来事から後、教会では、乳香とミルラは、聖のハーブとしてクリスマスの時に焚かれるようになったそうです。 人気blogランキングへ人気blogランキングへ 1クリックご協力おねがいします ⇒ ![]() |
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2006-12-09 Sat 21:14
![]() Iosefのポインセチアをイメージしたクリスマスチャーム Iosif Athens Skoufa St. & 19 Pindarou St. Kolonaki ポインセチア (Poinsettia) ![]() 学名:Euphorbia.pulcherrima ギリシャ名Ποινσέττια 別名ショウジョウボク(猩猩木)、クリスマスフラワー ポインセチという英語名は、1825年当時メキシコ駐在でアメリカの公使だったジョエル・ロバーツ・ポインセット氏がメキシコに自生していたポインセチアを発見し故郷のサウス・カロライナへ持ちかえりました。 その後、アメリカ合衆国 に広まり、彼の名前にちなんで「ポインセチア」と名づけたそうです。 ジョエル・ロバーツ・ポインセット氏によってアメリカに持ってこられたポインセチアは、その後欧州へ渡ります。 欧州では、クリスマスにキリストの血の色を示す赤を飾る習慣があること、クリスマスツリーやリース に飾るものの色にも意味があり飾っていることからこのポインセチアを欧州人は、すぐにクリスマスの花として受け入りました。それは、クリスマス時期に苞の赤色が輝くようにに美しくしいのと下葉の緑との調和がよく、花の中にある蜜腺の黄色が、鈴の金色の役割りを果たしていることからでした。 ![]() ポインセチアの花 赤い部分の中心にある小さなつぶつぶが花で周りの赤い部分は、苞(ほう)と呼ばれる葉が変化したものです。 *苞とは、2つ以上の花を包んでいるものを指します ポインセチア3伝説 1、クリスマスのイブに教会へ寄付する贈り物がなかった貧しいメキシコの女の子ぺピータのかわいい話があります。 あるクリスマスのイブ、メキシコの女の子ぺピータがいとこペドロと共に礼拝堂へ向かうとき貧しくて協会 へ寄付する贈り物が何もなかってので彼女の心は、とても悲しみで満ち溢れていました。 ペドロは、ぺピータに”どんなに粗末な贈り物でも愛が込められていれば神は、受け取ってくれると思うよ”といいました。 礼拝堂へ向かう路地際に咲く花をみつけて彼女は、無意識のうちにその花をかき集め小さな花束を作りました。 しかし教会に入る前、人々が彼女の手にもつ雑草の花束をみて罵声と共にどっと笑われる声を聞き、改めてその雑草の無様な花束を見て彼女は、より悲しみを感じ当惑してしまいました。 しかし小さな村の礼拝堂に入るとき彼女は、神に涙を見せては、いけないと一生懸命に涙を食い止めました。 ぺピータが祭壇の前に近づいたときペドロの”どんなに粗末な贈り物でも愛が込められていれば神は、受け取ってくれると思うよ”という優しい言葉を思い出しました。 祭壇の前で彼女がひざまずいて神にこの花束を捧げようとした時、急に雑草の花束は、光り輝く赤の花に見る見るうちに姿を変えていきました。 それを見ていた人々は、この突然の出来事にクリスマスの奇跡が起こったことを目のあたりにし驚きあがりました。 この日以来明るい赤い花は、クリスマスシーズンになると毎年花を咲かせクリスマスの花として知られるようになりました。 このクリスマスの花がポインセチアでポインセチアはメキシコ原産のお花で、スペイン語で”ノーチェブエナ”と呼ばれ意味は「素敵な夜」です。 スペイン(メキシコ)の花言葉は、この物語から『聖なる願い』といわれています。 2、メキシコのある村で、小さな男の子がクリスマス・イブに村の教会の祭 壇にひざまずいてお祈りをしていました。 神へ貧しくて何も贈ることが出来なかったので、せめて一生懸命お祈りを捧げようとしたのです。 するとその男のこの足元から突然芽、茎、葉が出て、あっという間に花を広げました。 それは輝く赤色の花で、茎と葉は聖なる誕生を表す緑色をしていました。 それがポインセチアでした。 3、ポインセチアの苞(ほう)と呼ばれる葉が変化した赤い形からベツレヘムの星に見立てられています。 ベツレヘムの星が地上を照らしたとき、地面からその星の美しさを写した花が生まれました。 その花は星の形で白い花びらをし星の中心は、 金色に輝いていました。 十字架でイエス・キリストが生涯を閉じた時この白い花びらは、赤く色を変えました。 その赤は、イエスの血をあらわし、白く残った部分はその犠牲の純潔さをあらわします。 *ベツレヘムの星・・・イエス・キリストの誕生の時に現われたという大きな明るい星を「ベツレヘムの星」といいます。 ただしこの星についての記録は新約聖書のマタイ福音書のみでその真実性については、疑問ももたれています。 ポインセチアの花言葉 私の心は燃えている、祝福 クリスマス伝説は、たくさんありますね。 それだけクリスマスは、人々にとって夢であり希望でもあるんですね。 人気blogランキングへ 1クリックご協力おねがいします ⇒ ![]() |
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2006-12-09 Sat 01:02
![]() クリスマスリース ![]() ギリシャでは、最近になってクリスマスリースを飾る家が増えてきたようですがクリスマスにリースをもともと飾る習慣は、ありません。 クリスマスリースは、クリスマスツリー が飾られるようになった中世期のドイツでクリスマスリースも飾られるようになったのでは?といわれています。ただ古代ギリシャでは、指輪、ギリシャの結婚式の時にするステファナ(婚礼の冠)、オリンピックの勝者に贈られた月桂樹やオリーブのリースなど輪には、始まりも終わりもなく、永遠に続く神の愛を表しているとしてとても重要な象徴としてきました。 先日もクリスマスの由来で書きましたが聖ニコラウスの命日とキリストの誕生がいつかミックスされてしまったクリスマス。 そしていつしかキリストの誕生日となったクリスマスの日にキリストへの信仰と愛を意味するキリストに関係のある物、または、古代から人々が神へ奉納していたものをリースに願いも込めて飾るようになりました。 ![]() 常緑樹のヒイラギ、モミ、ヒムロスギ・・・永遠の生命、魔女、幽霊、悪霊、病気を遠ざける 柊の葉・・・キリストの受難 赤い実・・・人間の罪を救うために流したキリストの血 ベル、リボン・・・魔よけ 果実(りんごや葡萄)、麦の穂・・・豊作祈願 リースに飾る色の意味 赤・・・キリストの血、愛と寛大さ 緑・・・永遠の命・神の永遠の愛 金色・・・希望、 紫・・・懺悔、 白・・・清純、純潔 我が家は、ドイツで買った金色の星と天使の飾りを毎年玄関に飾ります。玄関のドア、室内のドアや壁にかけるリースは、友好と歓迎のしるしと考えられているそうです。 人気blogランキングへ人気blogランキングへ 1クリックご協力おねがいします ⇒ ![]() |
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2006-12-01 Fri 21:54
![]() 写真は、2005年のオモニア広場のクリスマスツリー サンタクロース ![]() サンタクロースの起源であるとされる人物、聖ニコウラスは、貧しい人や子どもたちの見方でした。 あるとき彼は、貧しさのあまり3人の娘を嫁へいかしてやる事ができず娘を売ろうとしていた親の話を聞き娘たちの家に金貨の入った袋を煙突から投げ入れそれが乾そうとしていた靴下の中に入り娘たちは、身を売らず嫁に行く事ができたそうです。 (後、サンタクロースのプレゼントは、煙突から投げ込まれるという話になる) また船乗りを嵐から救ったり、殺された子どもを生き返らせたという彼が救世主だったという逸話があります。 その聖ニコラウス(271〜343年ごろ)は、西暦4世紀頃、地中海沿いの町ミュラ(マイラ)のギリシャ正教系列司教でした。 聖ニコラウスは、ミュラの町より西にあるパタラという町の裕福な家に生まれ、親が亡くなった後、莫大な遺産を引き継ぎ貧しい子供たちにプレゼントを差し入れるなど子供を愛する人でした。 当時貿易で繁栄していたミュラの町に移り、この町にあったキリスト教の教会の司祭となり、その後司教となります。 ギリシャ正教会は、聖ニコラウスに「奇蹟の奉仕者」として大聖人の称号を与えました。 **聖ニコラスの町や銅像は、 トルコを旅して聖ニコラウスに関して書かれたホームページ Koshin's EUROPE QUEST 〜Koshin'のヨーロッパ探索記〜 http://homepage2.nifty.com/europe-quest/turkey/myra.htmlに写真と共に詳しく書かれてあります。** その後ロシアでは、聖ニコラウスの名誉をたたえ最古の教会が建てられたりカトリック教会のローマでは、子供たちと貧しい人々に幸せを与えるとし聖ニコラウスを褒め称えました。 聖ニコラウスはの名は、ヨーロッパ各地に広がりドイツの北部と中部のプロテスタントの地域ではバイナフトマン(クリスマスの人)としてオランダでは、シンタークラース、イングランドではファーザー・クリスマスとも呼ばれ聖ニコラウスの命日、12月6日を彼をたたえるお祭りの日となりました。 またこの日、オランダやベルギーなどでは、子供たちへプレゼントを贈るようになりました。 17世紀にオランダ人が北アメリカにニューアムステルダムを建設して入植したとき、この"シンタークラース"(聖ニコラウス)の伝説も一緒にアメリカに伝承されました。 しかし入植したプロテスタント宗派のオランダ人たちは、従来のように12月6日(逸説には、12月5日)に「聖ニコラウスの日」を祝う代わりに、生まれたばかりのキリストに三賢者が贈り物をもって、ベトレヘムを訪れたという出来事と結びつき、キリストの誕生日である12月25日の前夜、つまりクリスマス・イヴの夜に聖ニコラウスが天国から降りてきて子供たちにプレゼントを配るという風に変わっていきました。 サンタクロースの着ている赤い服は、聖ニコラウスが着ていた司教の儀式のときの服がもとになったと言われています。 司教の赤い色は、自分の命をかけても、他の人を助けることを意味していて、血を流しても人々のために尽くすしるしとされていました。 それが現在のサンタクロースのイメージのもとになりイメージがどんどん膨らむ中1862年から1886年の間にThomas Nastが当時の売れっ子挿絵作家によって描かれたサンタクロースやクリスマスに関する挿絵が’好評を博し ![]() "Santa Claus in Camp," Harper's Weekly, January 3, 1863, cover. これがだんだんに現在の白い髭、赤いジャケットにボンボンのついた帽子で、クリスマス・イブに8頭のトナカイの引くソリに乗って、さっそうと現れ、煙突から暖炉の横に置かれている靴下にプレゼントを入れていく姿にかわっていったそうです。 ![]() 今のサンタクロースの赤い衣装をさらに有名にしたのは、1931年、赤の色のロゴがイメージカラーのアメリカのコカ・コーラ社が冬のキャンペーン広告のキャラクターとして、 ![]() 赤い服を着たサンタクロースを起用したことから、サンタクロースの名前が急に、世界中に知られるようになりました。 私は、この時期になるとこのコカコーラの宣伝を見るのが好きなのとバックに流れる音楽を聴くのが好きです。(ドイツで流れる宣伝ですが) 昨日、日刊ギリシャ 檸檬の森のlemonodasoさんから ドイツ(ベルリン)のサンタ不足の情報を教えていただきました。毎年ドイツでは、このニュースが流れますが今年は、特に人員不足のようです。 ドイツ(ベルリン)の各家庭をまわるサンタさんは、少なくとも300人必要なんだそうですがいまだ契約に結びついたのは、100人。 体格がよいサンタさんのなり手は、とても難しく一日28ユーロの小給なのと時間制限などもあるためほとんどボランティアのような感じになります。 それでもサンタになる人は、20歳の学生から、本物のあごひげを持った72歳の元大学教授たちで今年も子供たちに夢を運ぶそうです。 詳しくは、http://www.excite.co.jp/News/odd/00081164681557.html *今年のアテネの中心で始まるクリスマスマーケット は、12月14日から始まります。来年の1月7日までツリーは飾られ人々に幸せをもたらしてくれるでしょう! 人気blogランキングへ 1クリックご協力おねがいします ⇒ ![]() |
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2006-11-30 Thu 20:03
![]() 写真は、2005年のクリスマスツリー(シンタグマ広場) クリスマスツリー について昨日は書いたので今日は、クリスマスのモチーフやツリーにかざりつけるモチーフについてちょっと書いてみます。クリスマスにに飾り付けるモチーフには、日本で言えばお正月のおせち料理のように一つ一つ意味があります。 その意味を知っていると今年のクリスマスの飾りつけ ![]() もちょっと一味違った気分になるかもしれませんね。 長寿や健康への祈りが込められているモチーフ ![]() ひいらぎ ひいらぎの葉は、受難を表すキリストのいばらの冠、赤い実は、キリストの血を表すものとしてクリスマスに飾られるようになりました。。 ![]() リンゴ ドイツでは、聖木(モミの木)にアダムとイブの禁断の実、リンゴ(幸福や生きる喜びをもたらす果物)を吊るして神の愛を讃えました。 ツリーにりんごの代わりに赤いクーゲル(ボール)・ガラス玉を現在は、飾ります。 ![]() 麦 北欧やドイツの農家では豊作祈願のお守りとして飾ったり捧げ物に使われたりし翌年の豊作祈願を祈るためにクリスマスリースに飾られるようになりました。 ![]() ぶどう 葡萄の木はキリストであり、ワインはキリストの血と表現されるようにイエス・キリストを象徴する果実で、クリスマスリースによく使われます。 ![]() 靴下 サンタクロースは、ある貧しい3人の娘たちのために金貨を入れた巾着を煙突から投げ込みちょうどそのときに暖炉で乾かしていた靴下の中に入ったという言い伝えがあり、この伝説から今でも靴下をクリスマスの前の日の夜につるしておくとサンタクロースがプレゼントをくれるという習慣になりました。 ![]() ジンジャークッキー ドイツでは、クリスマスを代表するお菓子で人の形にかたどったものが多いです。 北欧ではクリスマスに豚を食べる習慣がありますが、昔、貧しい家庭では本物の豚を食べることができず代わりに豚の形のクッキーを焼きました。それが現在もブタの形をしたクッキーが売られています。 ![]() キャンディケーン キャンディケーンは、杖の形をしたキャンディのことで18世紀後半頃、ドイツのクリスマスでは、羊飼いの杖の形に曲げた白いキャンディが食べられていました。 (キャンディの白色は、純潔さ赤い線は十字架で流した血の色、緑の線はイエスが神から人々への贈物を現しています。) ![]() キャンドル 現在は、キャンドルの変わりにライトが使われていますが救い主が世にもたらすひかりを現しています。 ![]() 鈴 イエス降誕による救いの到来を告げ知らせる鈴の意味があります。 ![]() 星 星は、イエス・キリストが生まれた時にそのキリストの頭の上で輝き始めたと言われている不思議な星が「ベツレヘムの星」と呼ばれている星です。 聖書によると東方の3人の博士がこのベツレヘムの星に導かれ、生まれたばかりのキリストに会い、三個の贈り物を贈ったと書かれています。 博士たちをキリストへと導いたベツレヘムの星がシンボルとしてクリスマスツリーの天辺に飾られるようになりました。 クリスマスカラー 赤はイエス・キリストが私達に永遠の命を与えるため十字架にかかった時に流した血の色で愛と寛大さを表します。 緑は永遠の命・神の永遠の愛を表わし、 白は純潔を表しているそうです。 とツリーに関しては、北欧の話が多くなっています。 アテネでは、来月早々中心の広場に巨大なクリスマスツリーが飾られマーケットが開かれます。 (現在日時を確認中) 人気blogランキングへ人気blogランキングへ 1クリックご協力おねがいします ⇒ ![]() |
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2006-11-29 Wed 21:56
![]() クリスマスを前にクリスマスの歴史についてちょっと書いてみました。 たくさんの説があってどれが本当かは、わかりませんがそれは、神だけが知っているということでしょうか。。。。 クリスマスツリーの起源 古代人は、寒くなっても落葉しない常緑樹に特別な力があると信じ、その寿樹をお祭りやお祝い事になると魔女、幽霊、悪霊、病気を遠ざけることができると神に捧げてきました。 つまり樹木は、生命力の豊穣祈願の対象として宗教と深く結びつき樹木崇拝をしてきたのです。 また古代人にとって光と恵みを与えてくれる太陽は、神でその神が病気になって衰弱し寒い冬がおとづれ、冬至が過ぎると神の病気が回復し暖かい日がやってくるとその冬至が過ぎる頃を喜び常緑樹を神に供えお祭りをしました。 キリスト教は、当初異教の伝統として否認していましたが徐々に用いるようになったといいます。 伝説では、8世紀の中ごろ聖人ボニファティウスが異教徒のカシの木の崇拝に対抗してモミの木が3角形の形が父と子と精霊を表していると説きモミの木をキリスト教の聖木と定めたといわれています。 これがクリスマスツリーの原では?とされています。 クリスマスの日 キリストの誕生日とされる12月25日は、実際には、定かではなく初期キリスト教の時代には、教会も教徒もキリストの誕生日にはそれほど関心がなく、祝う必要も感じていなかったといわれています。 キリストの誕生を祝う祝祭は、東方教会がキリストが洗礼を受けた日を1月6日と定め、洗礼によって神としてのキリストが初めて現れたことを祝う顕現祭として行われていました。 *現在でもギリシャでは、1月7日がクリスマスの日となっています。 新暦では、旧暦1月6日は、12月24日にあたります。 どこで重なってしまったのかキリストの誕生が12月25日に定められたのは、4世紀半ば、コンスタンティヌス帝統治下のローマでのことだったとされています。 クリスマスツリー ☆17世紀のドイツでは、イヴに教会の前でキリスト降誕祭の序幕、「旧約聖書」の創世記にある アダムとイヴが蛇に誘惑されて禁断の果実を食べ、楽園から追放されるという”アダムとイヴの堕罪”の物語を演じる神秘劇が行われていました。 この劇の舞台に禁断の果実がなった木が創られこれが家庭に浸透するようになりツリー となったのでは?とされています。実際において禁断の果実がりんご だったかなんであったかは、わからないのですがO・クルマンの「クリスマスの起源」という本によれば、ドイツでは、劇を演じる時、最初にリンゴの木が用いられ、果実についてはリンゴとして定着していったといいます。但し、リンゴの木は落葉樹であるため、木そのものは常緑樹であるモミの木に変えられ、それにリンゴ を吊るしたそうです。ツリー を家に持ち込んだ人々は、リンゴとともにホスティア(聖餐式のパン)もツリーに掛けました。リンゴで表される人間の罪は、キリストの身体であるホスティアによって贖われることになりしかも、後にそのホスティアが姿を変えたものが、クリスマスのクッキーということらしいです。 *現在でもドイツでは、クリスマスに人の形を下クッキーを作りツリーに飾ります。 ☆他の説では、16世紀に信心深いドイツのキリスト教徒が家庭にクリスマスツリー を飾り始め、材木でクリスマスピラミッドを作り、その上に常緑樹を飾り、常緑樹の枝にろうそくを飾りました。このローソクの火を飾り始めたプロテスタントの宗教改革者マーチン・ルターが、教会で星と常緑樹の輝きに畏敬の念を持つように説教をし、協会の中心の部屋に木を立て常緑樹の枝を取り付けて、ローソクを飾り付けたのがクリスマスツリー の始まりだとされています。☆中世ドイツでモミの木に住む小人が村に幸せを運んでくれるという信仰から、花・卵・ロウソクなどをモミの木に飾り、その周囲を踊りで囲み、小人にいつまでも木にとどまってもらうというお祭りがありそれがクリスマスツリー の起源になったと考えられています。☆1600年代ドイツのアルザス地方で家の居間にもみの木を立てて、あらゆる色の紙から切り抜いたばらの花やりんご、ウェハースや角砂糖をぶら下げました。 ![]() しばらく時が経つと、子供たちがこの木をゆさぶってそれをもらうことができそれがクリスマスプレゼントとなりました。 これが18世紀にはドイツの他の地方にも伝わり、たくさんのろうそくで飾られ、その後ヨーロッパ各地に広まったとも言われています。 クリスマスツリーに関しては、本当にたくさんの伝説がありますがどれもドイツに関わるお話しばかりです。 実際私がドイツにいた頃は、この次期になるとドイツのあちらこちらでクリスマスマルクト(クリスマスマーケット)が開かれ神秘的でとても美しい大ツリー がどこでも飾り付けられます。明日は、クリスマスツリーに飾るモチーフについてです。 もしよかったら読んでくださいね。 人気blogランキングへ 1クリックご協力おねがいします ⇒ ![]() |
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