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2006-04-27 Thu 22:41
田舎のあるぺロポネーゼ半島は、昔は、この半島にギリシャの首都があったというほどギリシャ歴史の中心となる半島です。
南のメッセネもさまざまなストーリーが残されている土地です。 今日は、古代メッセネ遺跡についてちょっとふれてみます。(遺跡の話は、あまり得意では、ないので本当に触れるだけですが。。。) そのメッセネへは、アテネから高速道路でコリントスートリポリからカラマタへまたは、コリントスーパトラスーピルゴスからカラマタへと2通りの行き方があります。 どちらもメッセネ地方に入ると壮大なオリーブの山々が目に入ってきます。 ![]() by ancient messene 古代メッセネは、メッセネ地方にあるΙθωμη(イソミ山)を中心にした町で現在は、山のところどころに城壁が残っているのと町の一部が残っているだけです。 イソミ山の北側にあるアルカディア門 神ヘルメスの石碑が立っていたというがわかりませんでした。 ![]() アルカディア門のなかの石灰石を刻んで築いたホール(円形になっています) ![]() アルカディア門から続く城壁 ![]() アルカディア門からさらに登ったところにあるヘレニズム時代からのメッセネの城壁 ![]() アルカディア門から南に下ったところにあるメッセネの町 手前がアゴラ、左奥がアルテミス神殿 ![]() アルテミス神殿 ![]() by ancient messene 劇場 ![]() 古代メッセネ ミニストーリー メッセネの近くには、スパルタがあり紀元前、抗争が続きました。 第2次メッシニア戦争でスパルタの支配下となったときに一部のメッシニアの人々がシチリアへと逃げそこに植民地を築き”メッセナ”と名づけました。 そこがシチリアの東にあるメッシーナ(現在名)です。 B.C.664年-455年に再度抗争になり最後は、スパルタとの停戦にこぎつけました。 後B.C.369年にテーベのエパミノンダス王は、レウクトラの戦いでスパルタを下し、 メガロポリス、マンティネイア、アルゴスとメッセネを中心とするアルカディアを組織しスパルタ包囲網を作り上げました。 このときにメッセネの町は、エパミノンダス王によってイソミ山を中心に山の周囲に城壁を築きアルテミス神殿、アゴラ、劇場、スタジアムを作りました。 この遺跡は、2004年アテネオリンピックの前にきれいに整備がされました。以前は、ここに歴史ある遺跡があるようには、とても思えないほどひどい状態でした。それでも遺跡の近くや遺跡に手で触れる事が出来良かった点もありましたが。。。 今回は、ロープで整理され遺跡も見やすくなっています。また遺跡を見ながらのタベルナやお土産店も出来、観光客がきやすくなっています。 メッセネいせきについて詳しくお知りになりたい方は、 ancient messene:http://www.ancientmessene.gr/にて 人気blogランキングへ 1クリックご協力おねがいします ⇒ ![]() |
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