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2006-09-25 Mon 17:23
![]() 先住ギリシャ人はエーゲ海や小アジアに追いやられていたので 紀元前6世紀〜5世紀頃、都市国家ポリスの中で台頭していたのは、 アテネは、イオニア人、スパルタは、ドーリス人でギリシャは、徐々に繁栄をしていきました。 そして紀元前5世紀のはじめギリシャの繁栄ぶりに目をつけたペルシャがギリシャ征服を目指し2度に渡ってギリシャに侵攻してきました。 紀元前490年ペルシャ王ダリウスは、ギリシャを征服できるだろうと大軍を率いてマラトンに上陸。 このときを待ち構えていたアテネ の 名 将 ミル ティア デス 率いるギリシャの重装歩兵ファランクスの果敢で奇策な攻撃に絶対優勢を自負していたペルシャ軍は、大敗しました。(同年サラミスの海戦でも勝利) *この際、マラソンの由来ともなったアテネ軍の兵士ペイディピアデスがマラトンからアテネ(パルテノン)まで42キロを駆け抜け勝利の報"Niki!" 勝利と叫んでそのまま息絶えたという話があります。 ペルシャ軍の勝利に自信を得たギリシャは、その後ますます繁栄に拍車をかけていきアテネは、アクロポリスのパルテノン神殿を完成させたり強力になった海軍力を背景に,地中海貿易による巨額の富を蓄積し黄金期を迎えたアテネは,ギリシャ第一の都市国家として君臨することになります。 昨日は、その勝利を祝った式典がマラトンの市民によって当時の模様を再現しながら行われました。(少人数で残念) ![]() この下にこの戦争で戦った戦士が埋葬されています。 ![]() 勝利の塔 ![]() 塔には、お花、ワイン、パン、お米、香などが祭られ手前には、たいまつが灯されます。 ![]() 香、たいまつが焚かれ ![]() 勝者への歌を歌っています。 ![]() 勝利の女神なのでしょうか?彼女は、祈り捧げています。 ![]() 最後にたいまつにパンをかけて式が終わります。 紀元前このような儀式がすでに行われていました。 キリスト教は、1世紀に始まったので協会は、古代ギリシャのこのような神聖な儀式の内容をすべて取り入れたとされています。 スパルタスロン 今年は、9月29日〜30日 この戦争の時に、アテネ軍の伝令"フィディピデス"が、援軍を求めるためにスパルタまで往復約500km近くを4日で駆け抜けたという故事から この史実を再現する形でアテネ/スパルタ間の246kmを制限時間の36時間以内に不眠不休で走ります。 アクロポリスのパルテノン神殿下からスパルタにあるレオニダス王の彫像にゴールするまでの過酷なレースです。 アテネ クラシック マラソン 今年は、11月5日 この戦争の勝利でアテネまで駆け抜けた伝令者の話から生まれたレース 5km,10kmロードレース アテネで行われるレースは、有名ですがその源であるマラトンの戦いでの今も勝者をたたえるクラシックな儀式に参加者が少ないのは、実に寂しいことと思ってしまいました。 人気blogランキングへ 1クリックご協力おねがいします ⇒ ![]() |
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