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2007-01-11 Thu 23:26
ギリシャでは、ΛΟΥΚΑΝΙΚΑ ルカニカで知られている腸詰(ソーセージ)は、よくマーケット、肉屋さんにぶら下がっていて祝祭日の時に良く食べます。
![]() 我が田舎では、義母が新年によく買いグリル(暖炉で)やトマト煮などにして食べ祝っています。 ソーセージ(腸詰)といえば、ドイツ、中国と思われている方も多いかもしれませんが実は、古くは、中近東のバビロニア地方で(現イラク)で紀元前3000年頃に食べていただろうとするソーセージに類似したものがシュメール人によって発明されています。 その後バビロニア地方を中心に東は、シルクロードを伝わり中国へ(山羊とラム肉から作られたàcháng (臘腸/腊)は、紀元前589年)、そして西へは、ギリシャへとソーセージは、伝わっていったようです。 古代ギリシャにおいては、紀元前9世紀に書かれたホメロスの叙事詩「オデュッセイア」の中で 「脂身と血を詰めた山羊の胃袋」にふれ 「戦いに勝ったほうに、夕食にとっておいた脂身と血を詰めたヤギの胃袋を進ぜよう」と記され この”脂身と血を詰めたヤギの胃袋”がブラッド(血の)ソーセージの一種と考えられています。 *ホメロス(ギリシャ語: ¨Ομηρος、Homerosは)で紀元前7,8世紀におけるギリシャの詩人です。 *オデュッセイア(Οσύσσεια)は、ホメロスが書いた古代ギリシャ語叙事詩の1つでトロイ戦争でトロイが陥落した後英雄オデュッセイアがイタケーの故国に戻るまでの長旅を書いています。 その後ソーセージは、ローマへ伝わりローマ時代には、焼いたり茹でたりするソーセージをつくるようになりました。 アピキウスの料理書に書かれてあるソーセージの作り方では、細かい挽き肉に胡椒、キュンメル、松の実、月桂樹の葉、パセリ、それにワインを加えたローマ特有の魚をミックスしたソーセージのレシピが書かれてあるそうです。 この頃ローマ人にとって、ソーセージはデリカテッセンの一つであったそうですよ。 *紀元前25年生まれたガヴィウス・アキピウス しかしその後ローマ皇帝ネロの治世の間にソーセージは、Lupercalia Festival ルペルカリア祭に関連し西暦320年カトリック教会は、ルペルカリア祭を禁止し、ソーセージを食べるのを罪とし 、ローマ皇帝コンスタンティーヌは、ソーセージを食べることを禁止しました。 *2月15日から「ルペルカリア祭」という安産のお祭りが行われていました。 当時、若い男性と女性は別々に生活していたため、ルペカリア祭は男性と女性が巡り合う唯一のお祭りだったのです。 この禁止令が撤廃されるまで地下にソーセージを隠し現在もソーセージというと貯蔵庫に入っているという風になったそうです。 この後、ソーセージは、ドイツイギリスへとソーセージは、伝わっていきました。 あまり知られていないギリシャのソーセージは、各地方でそれぞれ工夫され作られていました。 (一部をご紹介) ![]() Horiatika オレンジ皮、ワインおよびオレガノとハーブの風味が利いた田舎のポーク・ソーセージ。 Kokkoretsi マケドニア地方でイースターの時に食べるソーセージです。 子ヒツジまたはヤギの粗肉と、レモンジュース、オレガノ、タイムおよびニンニクと味をつけられたソーセージで トルコのkokorec、ヒツジの肺から作られているソーセージから改良されたそうです。 Loukanika 田舎の伝統で11月中旬から新年までの間にブタを殺し新年のために作られ食べるソーセージ。 Loukanika Nissiotika ギリシャの島でつくられる長く、細いポーク・ソーセージ。 Maniatika PeloponnesusのManiのソーセージでポークとビーフを半々に使いオレガノとミントで風味をつけたもの Maties eのsaffathes クリスマスの食卓にだされるポーク、米、ニンニク、クミンおよびオレンジ皮から作られた茹でて食べるソーセージ。 Soutzoukaia、soutzoukakia 昔は、子ヒツジが使われたが現在は、子牛の肉かビーフとクミン、ニンニクおよびワインによって風味つけられたギリシャ、キプロスのソーセージ。 Souzoukaki Politiko チリと赤いコショウでちょっとピリッと辛いギリシャの黒いソーセージ。 Spetsofai 黒胡椒がきいたソーセージ Thessalias ニラネギが詰まったポーク・ソーセージ。 ギリシャにいらしたらどうぞお試しくださいね。 人気blogランキングへ人気blogランキングへ 1クリックご協力おねがいします ⇒ ![]() |
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