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2007-02-10 Sat 22:04
聖バレンタインの話は、さまざまに言われていますが私は、その中の主に伝えられている話を書いています。
.....昨日の続き...... ルペルカリア祭でローマ兵士と結ばれたカップルは、お祭りのおかげで愛し合えたにもかかわらずローマ教皇のゲラシウスによって”ローマの兵士が戦場へ行きたがらなくなる、ローマの兵士の士気が弱まる”などの理由により結婚が出来なくなってしまった(ローマ教以外の他宗教の祭事を好まなかった理由でこの祭りを廃止しようとしていた)わけですがキリスト教司祭バレンタインが彼らのために結婚をさせていました。 ![]() エピソード1 バレンタインデーと薔薇の花 この間バレンタイン司教のおかげで幸せなカップルがたくさん誕生しました。 ある日、バレンタインは、薔薇 の世話をしている時にどこからか喧嘩を繰り返している若いカップルがいました。バレンタインは、彼らを仲直りさせたく愛情で満ち溢れた表情で、彼らに、その一輪の薔薇の花を渡し仲直りするようにささやきました。 彼らは、バレンタインの微笑んだ顔と薔薇の花の香りに心和ませ、仲直りをしました。 後、バレンタインがひそかにローマ兵を結婚させていたことがローマ教皇ゲラシウスの知ることとなります。 この当時のローマは、キリスト教の迫害もありキリスト教のもとで結婚式がひそかに行われていたことを罪としこの罪をバレンタインに認めさせローマ宗教に改修をさせようとしました。 しかしバレンタインは、これを拒否し投獄させられてしまいます。 エピソード2 バレンタインデーと手紙 バレンタインが投獄されている間に取調べを担当したアステリオ判事には、目の見えない娘がいました。 アステリオ判事は、娘の目が見えるようになることを祈り獄中のバレンタインのもとへ娘をあわせます。 バレンタインは、いつしか娘と心を通じ合うようになり彼の祈りによって奇跡的に目がみえるようになりました。 アステリオ判事は、バレンタインに感謝をし、家族でキリスト教に改宗しました。 このような一件からバレンタインは、処刑させられてしまいますが処刑される前に娘へ「あなたのバレンチノより」と署名した手紙を彼女に残しバレンタインは、西暦269年2月14日に処刑されました。 ![]() バレンタインが亡くなってからキリスト教の勢力が増し教会は、キリスト教以前からあった祭事から異教の要素を排除しようとし2月15日のルペルカーリア祭も排除しようとしました。 しかし単に禁止をする事ができずローマ兵をキリスト教の下、結婚させた罪で処刑させられたバレンタイン司教の名を借りバレンタイン由来の祭りとしてこの祭りを残そうと考え付きました。 キリスト教以前からの14日の結婚と家庭の女神ヘラの祭りと15日のルペルカリアの豊穣と子宝の祭りをバレンタイン司教のキリスト教においての功績を徐々に置き換えていきました。 ゆえに彼に起きたエピソード1と2は、事実かどうかは、私には、わかりません。 処刑された年も人によって異なります。 がこの14日、15日は、人々にとって愛の日 だったことだけは、間違いないようです。聖バレンタインについて詳しいことは、日刊ギリシャレモンの森lemonodasoさんが調べられています。 http://lemonodaso.exblog.jp/ 人気blogランキングへ 1クリックご協力おねがいします ⇒ ![]() |
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の世話をしている時にどこからか喧嘩を繰り返している若いカップルがいました。
だったことだけは、間違いないようです。