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森の精の涙といわれたお酒 ♡
2007-03-31 Sat 23:18
レツィーナ

そろそろギリシャのワイン、レツィーナをぐっと冷やし酒の肴と共に楽しむ季節になってきました。

そのレツィーナとは。。。

紀元前約4000年前、中近東よりギリシャに伝えられたとされる葡萄栽培は、ギリシャ人の手により品種改良、技術改良を重ねていました。
そして紀元前2800年〜1400年頃には、ぶどうから微少のアルコール発酵による葡萄酒が造れることを知っていたそうです。
後、この葡萄栽培と葡萄酒つくりは、ギリシャ全土に広がり後ローマからイタリアへ、そしてヨーロッパへと広がっていきました。

紀元前2000年ごろの古代ギリシャでは、当初、葡萄酒は、とても濃くそして貴重な飲み物だったので一般人は、保存を出来るようにとハーブ、蜂蜜、海水などを混ぜ飲んでいました。
また葡萄酒を長く保存するためと運搬をするために使用していた壷、アンフォラの口をふさぐために聖樹アレッポ松を使用していました。
このアレッポ松の松脂が保存中にワインに混ざり合いその葡萄酒がいつしか人々の間で飲まれるようになりました。
この葡萄酒が今ギリシャのワインとして有名になったレツィーナです。
レツィーナとは、ギリシャ語で松脂の意味があります)

アンフォラ
このような口の細いタイプのアンフォラ(大きさ:おおよそ50−70cm)で保存、運搬をしていました。

*このころは、空気を通さないガラス瓶が発明される前の話しで偶然にもぶどう酒に漬かった松脂酒は、葡萄酒の保存をさらに長く保たせるようになったそうです。

レツィーナは、ローマ人にも伝えられましたがローマは、3世紀樽を使用し始めたためそれまでギリシャ人が保存のために使用していたハーブ、蜂蜜などすべてのものを排除し葡萄だけのお酒を造るようになりました。
しかしギリシャでは、地中海の料理に特有の強く香料植物で調味したギリシャ料理にレツィーナがとてもあうお酒だったのでギリシャのみで造り続けるようになりました。


アレッポ松
古代では、神殿の近くに聖樹アレッポ松がない場合、神殿は、完成したことにはならなかったそうです。
ギリシャ神話によると救世主的な神アティスは、神殿の近くで彼自身去勢をし死にました。
そしてアレッポの松になったと言われています。
ゆえに松に樹は、アティスの体で松ぼっクリは、断ち切った性器だということらいしいです。

*アティスは、アナトリア地方で崇拝されていた大地母神キュベレに捧げられる運命を担い、人々の救済のために生贄となり、殺されては復活する救世主的な神として崇められた。
キュベラに愛されていましたがフリギア国王セレニュスと結婚することになっているニンフのサンガリードを愛してしまいそのことを知ったキュベラは、憤慨しアティスの頭を狂わせてしまいアティスは、自ら去勢をし死んでしまいました


古代の人々は、アレッポ松を聖樹としていましたがこのことは、後キリスト教が取り入れイエス・キリストへ奉るために毎年アレッポ松と共に花やリボンを飾るようになりました。
これがクリスマスツリーの起源とも言われています。

ρετσίνα レツィーナ
レツィーナと商標がつくのは、ギリシャで製造されたワインのみです。
それも松脂は、アッティキ地方のアレッポ松のものが最上とされ、アッティカ、ヴィオティア、エヴィアの3地方で造られた松ヤニワインのみがレツィーナと名乗ることが許されるそうです。

古代では、この偶然できた松脂酒レツィーナは、森の精が流した涙ともいわれていました。



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